今朝、目が覚めて、ふと思いました。
「自分は、やっていないだけだ。」
余剰資金がないから、投資に回せない。
そう思っていました。
でも違う。
余剰資金をつくろうとしていなかった。
いつの間にか、つくること自体を諦めていたんです。
だったら、今日からまたつくればいい。
そう思いました。
私は8年ほど前から、少額で投資を続けています。
最初にやったのは、自分のお金を見直すことでした。
生活に必要なお金。
使う予定のあるお金。
そして、今すぐ使う必要のないお金。
そこから余剰資金をつくり、その一部を投資に回しました。
大きなお金から始めたわけではありません。
それでも、やめずに続けてきました。
その後、私は事業を始めました。
最初の3年間は、本当に必死でした。
事業を軌道に乗せることに集中する。
必要なら、自分のお金も使う。
とにかく前へ進む。
そんな毎日でした。
その間も、8年前に始めた投資だけは、ほとんど自動運転のような状態で続けていました。
私は事業に集中する。
その間も、お金にはお金の仕事をしてもらう。
そんな状態でした。
そして最近、まとまった資金が必要になり、投資していた資産の一部を取り崩しました。
そこで改めて思いました。
「助かったな。」
8年前の自分が少額から始めて、長い時間をかけて積み上げてくれたものが、今の自分を助けてくれた。
言ってみれば、
過去の自分が、今の自分につくってくれた余白です。
一方で、反省もしました。
今回使ったお金は、ここから先も運用を続けていれば、さらに増えていた可能性があります。
必要だから使った。
それ自体を後悔しているわけではありません。
むしろ、こういうときのための資産でもあります。
でも、
使ったのなら、またつくろう。
そう思いました。
最近読んでいる本にも、
「少額でも、まず投資を始める」
という話が出てきました。
理由は、経験値を積めるから。
語学を学んでいるのに、いつまでも会話をしないのと同じ。
勉強するだけではなく、実際にやってみる。
小さく始めれば、失敗してもダメージは小さい。
そして失敗も経験になります。
それを読んで、
8年前の自分がやってきたことは、間違っていなかったんだな。
と少し嬉しくなりました。
そして今朝、もう一つ気づきました。
私は最近、
「今は事業にお金が必要だから」
「余剰資金なんてないから」
と考えていました。
でも、それではいつまで経っても余剰資金は生まれません。
たとえ少額でもいい。
最初から大きなお金を用意する必要もない。
未来に回すお金を、自分でつくる。
その意識を持つことから始めればいい。
お金を増やすこと自体が、人生の目的ではありません。
私が欲しいのは、
人生の余白です。
お金のためだけに時間を使わなくてもいい余白。
本当にやりたいことに時間を使える余白。
何かに挑戦するとき、一歩踏み出せる余白。
そして困ったとき、自分を助けてくれる余白。
8年前の自分が、それを少しつくってくれました。
だから今度は、
今の自分が、未来の自分のためにつくる番です。
余剰資金がないんじゃない。
つくろうとしていなかった。
そう気づいたので、
今日から、また始めます。
小さくてもいい。
未来へ回すお金をつくる。
そして、お金にも働いてもらう。
これも私にとっての、
40からのレベル上げです。

